ミキモトは日本を代表する宝飾ブランドです。
ミキモトといえば真珠です。
創業者 御木本幸吉さんは真珠の養殖に初めて成功した人です。
真珠王―The Pearl King。
現在も真珠の販売は世界一のシェアを持っています。
1893年 半円真珠の養殖に成功
1899年 東京の銀座に御木本真珠店を設立
1905年 真円真珠の養殖に成功
1924年 パリ真珠裁判で勝利
真珠の養殖にやっと成功した御木本幸吉さんでしたが、
ヨーロッパの宝石商から模造品呼ばわりされます。
パリ真珠裁判といわれる養殖真珠は本物か模造品かで裁判になりました。
1924年パリの裁判所は本物の判断をし、お墨付きをもらった
真珠養殖は、世界に広まりました。
上年表をみると成功と勝利で順風満帆の人生のように見えますが、
養殖技術の確立は困難を極め、家族にも多大な犠牲がありました。
1896年 妻うめ32歳で死去。
御木本幸吉さんは、技術者としてだけではなく、商才にも長けており、
皇室や皇族、政治家や財界人などの富裕層への販路および人脈をつくり
巧みに生かしたそうです。
有名な話に明治天皇への謁見が許された席で、
「世界中の女性の首を真珠でしめてご覧に入れます」
と言ったそうです。
また、1927年(昭和2年)欧米視察の際エジソンと対談し、
「これこそ、真の真珠です。私の研究所で出来なかったものが2つだけ
あります。一つはダイヤモンド、もう一つは真珠です。あなたが
動物学上からは不可能とされていた真珠を発明し完成されたことは、
世界の驚異です。」
こう言われたそうです。
ミキモトの企業理念
国際的総合宝飾企業として、世界中の人々の美しく豊かな
生活文化の創造に貢献する。
「世界中の女性を真珠で飾りたい。」
もともと御木本幸吉さんの養殖のきっかけは、王族や貴族だけでなく
一般の女性も真珠で着飾ってほしいというものでした。というのも
当時は、パールや宝石は高額で一般の人たちには縁遠いものでした。
また、ミキモトはミス・ユニバースのメインスポンサーでもあります。
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